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アジア ポルトガル旅情
2026.09.04

アジア ポルトガル旅情

WRITTEN BY HIROSHI.K

ポルトガル好きが高じて、今年3月には太平洋に浮かぶポルトガル領のアゾレス諸島まで足を延ばした。そして7月、ポルトガルの歴史がもつ異なる側面を垣間見ようとの思いで、アラビア海に面したインド西部の町ゴア、そしてマカオを訪れた。

15世紀中頃、時は大航海時代。当時のヨーロッパの列強国は、覇権をかけて新航路開拓の大航海を続けていた。そして列強国のひとつだったポルトガルは、喜望峰経由でインド・東南アジアへ進出。インド洋の香辛料貿易によってポルトガル領インド、マカオ、マラッカといったアジア各地の港を拠点とする「海上帝国」を築いた。

最初に向かったのは、インド・ゴア州。インド最小にして最も裕福な州でもあるゴアは、近年インド有数のビーチリゾートとして栄えた町である。南北数十キロにも及ぶ長さのビーチ沿いにはリゾートホテルが建ち並び、ハイシーズンは世界中から訪れる観光客で賑わいを見せる。

一般的に戒律が厳しいとされるヒンドゥも、ゴアでは肉料理やアルコール飲料を気軽に楽しむ事が出来てカジノもあったりと、インドでは珍しく特別な場所でもある。ポルトガル領ゴアがインド共和国に併合されたのは、1961年のこと。自由で豊かな今のゴアの営みは、きっと長らくポルトガルの一部として栄えたことに起因するのだろう。モンスーン真っ只中と知りつつ訪れた7月は、予想通り終始風雨に遭い、じっとりとした湿度の高い空気に包まれて過ごす滞在となった。

ゴアでの滞在先に選んだのは、この街のシンボルであるマンドヴィ川の畔に佇む、全17室のブティックホテル「ポストカードホテル オン ザ マンドヴィリバー」。古き良きインドのノスタルジックな雰囲気が漂うホテルで、今回の旅のテーマにぴったりと言えるチャーミングなホテルだった。

ポストカードホテル オン ザ マンドヴィリバーを拠点に、ローカルガイドを伴ってオールドゴアと呼ばれる旧歴史地区を散策。「ゴアの教会群と修道院群」として世界文化遺産に登録されているエリアで、ポルトガルによって建てられた教会や修道院の遺跡群が点在しているのを目にし、当時の栄華に思いを馳せるひとときとなった。インドの香辛料をヨーロッパに運び出し、アフリカから木材や鉱物を、中東で馬を積み、アラビア海を渡ってマンドヴィ川に大挙して来航したという。

とりわけ興味深かったのが、ヴァイセロイアーチ「総督のアーチ」と呼ばれる上部にヴァスコ・ダ・ガマ(1469-1524)の石像が据えられた石造りのゲートだ。ゴアにはヴァスコ・ダ・ガマの名が付いた場所が多くあるのを事前に知り、ヴァスコ・ダ・ガマがこの地に上陸したものと思い込んでいたところ、実はゴアに来た史実はないということをガイドから知らされた。後に、ゴアの総督となったヴァスコ・ダ・ガマの孫にあたるフランシスコ・ダ・ガマ(1565-1632)によって、1498年にインド航路を発見した祖父であるヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称え1599年に建立されたとのこと。ヴァイセロイアーチはマンドヴィ川の傍に位置し、川岸から総督の宮殿がある要塞都市に続く古代門の一つであった。さぞ荘厳であったであろう都市は放棄を余儀なくされ、やがて廃墟となりかつての壮麗さを残す建造物は何一つ残らず、ヴァイセロイアーチだけが当時の様子を今に伝えている。ヴァスコ・ダ・ガマ自身はゴアに来ることはなかったものの、偉大な探検家の生きた証がゴアの歴史に刻まれていた。

海に面したゴアの名物は、何と言っても新鮮な魚介類を使ったシーフード料理だ。ゴア地方で親しまれてきた米、魚介類、ココナッツ、野菜などを、スパイスを使って調理した郷土料理は、450年に及ぶポルトガル統治の影響を受け、ゴアン料理と呼ばれるようになり今に至っている。カレーをイメージする一般的なインド料理とは異なり、言うなればスパイスを効かせた欧風料理である。持ち込まれたポルトガル料理は、長い月日をかけてゴアン料理として進化の変遷を辿ってきたようだ。
地元の方に案内してもらったのは、ゴア北部のバガビーチにあるゴアン料理の老舗レストラン”BRITTOS”。1965年創業は、この地がインドに併合して4年後にオープンしたということになる。スパイスが効いた適度な辛さの料理はどれも美味しく、クラフトビールとゴア名産のカシュナッツから造られたというフェニと呼ばれる蒸留酒と共にビストロ感覚で楽しませてもらった。

ゴアを後にして向かったのは、アジアにおけるもう一つのポルトガル、マカオである。マカオが中国に返還されたのは、未だ記憶に新しい1999年12月のこと。
今回マカオを訪れたのはおよそ30年ぶりで、最初に訪れたのはポルトガル領マカオだった頃。香港国際空港から世界一の長さを誇る海上橋”港珠澳大橋”を走り、わずか40分でマカオに到着した。フェリーで向かった当時の事を思えば、考えられないくらい便利で快適なアクセスとなり、これも中国による一国二制度の経済力の象徴かと感心させられた。

人口約69万人のマカオは、旧市街があるマカオ半島、半島と3本の橋で結ばれたタイパ島、そして先端部のコロネア島の3つのエリアからなり、総面積は山手線内の半分程で、1日あれば十分観光できる程度の広さである。今やラスベガスをも凌ぐ世界一のカジノシティとなった街には、豪華で巨大なカジノとアトラクションを備えた複合施設、外資系高級ホテルが何軒も建ち並んでいる。
一方で、ポルトガル統治時代の歴史建造物と古い街並みが現存し、モダニズムと隣り合わせに共存しているのがマカオの魅力だ。ゴアに比べポルトガルの面影を色濃く感じられたのは、ポルトガルによる統治が終わって未だ数十年しか経過していないという事からだろう。

近年パワースポットとしても人気のマカオ最古の寺院”媽閣廟”(Ama Temple)を訪れた際に聞いた話によると、お寺が位置する阿媽湾は中国語でア・マ・ガウと発音され、これを聞いたポルトガル人がマカオと発音したことで地名として定着していったとのこと。
媽閣廟は、海の安全を守る女神として1488年に建立され、それからわずか25年後の1513年にポルトガル人探検家のジョルジ・アルヴァレス(-1521)が、ヨーロッパ人として初めて今の中国に上陸したのが、この辺りだったというのは果たして単なる偶然なのだろうか?また、マカオ歴史地区の代表的歴史遺産の一つ、聖ポール天主堂跡の横にはキリスト教の大学が併設されていたとの事で、ここを拠点として巣立った宣教師たちによってアジア各地にキリスト教の布教活動が展開されていった事が伺える。

宣教師の一人として日本に来航したフランシスコ・ザビエル(1506-1552)は、ポルトガル政府の支援の下、マカオを拠点に東南アジア各地でキリスト教の布教活動を行っていた。東に活路を求めたポルトガルは、その後日本初上陸として1543年に種子島にたどり着き(鉄砲伝来)、更に1549年フランシスコ・ザビエルの鹿児島来航へと続く。冒険、そして交易から始まったヨーロッパとアジアとの往来は、宗教、文化の交流へと発展を遂げ、インド、中国、日本とヨーロッパ貿易の主要な中継港となるマカオを築き上げたのだった。
大航海時代の列強国ポルトガルは、1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を発見してからわずか50年でヨーロッパと日本との交易を確立するまでに至ったのだった。

媽閣廟を訪れた後、隣接するマカオ海事博物館に立ち寄った。大航海時代から現在の海上都市マカオへの発展の変遷を知るには最適な場所で、訪問する価値のある博物館だ。初めてブラジルを発見したカブラル(1468-1520)、初めてグリーンランドに到達したガスパル・コルテ・リール(1450年頃-1501)そして、1519年に世界一周を遂げた部隊を率いたフェルディナンド・マゼラン(1480–1521)の紹介もあり、大航海時代におけるポルトガルの覇権、そしてポルトガルとマカオ(中国)の歴史的関わりを学ぶ貴重な機会となった。

マカオでの宿泊は、マカオ半島の先端に建つマンダリン オリエンタル マカオにて。カジノ施設を有しないマカオでは稀有なラグジュアリーホテルで、ウォーターフロントタワースィートからは、窓越しに聳えるマカオタワーとタイパへと続く2本の橋、そして珠江河口の水面を見下ろす素晴らしい眺望を臨む事が出来た。

そして、コンシェルジュの勧めでディナー場所として選んだのは、セナド広場脇の路地にある”Portucau”(澳葡坊)。マカオでは最もポルトガルだった頃の風情を残すエリアで、サオ・ドミンゴにはポルトガル料理のレストランと思しき店が何軒も軒を連ね、リスボンの下町にでも来たような雰囲気が感じられる通りである。

“Portucau”はビストロスタイルながらも、ポルトガル出身のオーナーとシェフによる本格的なポルトガル料理が味わえる素晴らしいレストラン。ポルトワインを含むポルトガルワインの品揃えも豊富でどこか懐かしさも感じながらポルトガルの名物料理、鰯のフリッターと蛸足のソテー、そして牛タンの煮込みをアレンテージョ産のワインと共に堪能させてもらった。そして、サービス頂いた粋なデザートに合わせ、薦められるままにポートワインのテイスティングへと続く。フレンドリーなサービスも心地良く、あまりの満足度に気を良くしてしまい、二晩続けてお世話になったのだった。

ゴアとマカオ、いつもとは趣の異なるアプローチでの旅は、新しい発見と学びのある思い出深いものとなった。

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