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聖年のローマを歩いて
2025.11.27
DISCOVERLY

聖年のローマを歩いて

WRITTEN BY MAMI.H

ローマ空港に降り立った瞬間、無数の観光客と巡礼者と思しき人々のざわめきが聴こえてきて、今年のローマは常とは違う特別な年であることを感じた。
キリスト教のカトリック教会派にとって2025年は25年に一度の聖年、“Jubilee Year”。
4月にフランシスコ教皇が逝去されたことにより、翌5月に行われたコンクラーベで新教皇レオ14世が選出されたことも記憶に新しい。
また、3月に日本で公開となったコンクラーベを題材にした映画をご覧になった方も、その神秘的で謎めいた選挙について記憶に残っていることだろう。

ホテルへ向かう車に乗り込むと、次第に車窓の様相が変わり始める。道路は舗装され、周囲は無数の車が行き交っているのに、突然、車窓に2000年前の遺跡や時代を超えて残る荘厳な石造りの建造物が現れる。まるで車がそのまま歴史の図版へ滑り込んでいったような錯覚を覚えて「これが永遠の都“なのか。」と感じた。

車は小高い丘を上っていき、到着したホテルは130年以上の歴史を誇る名門、Hotel Eden
ドアマンにエスコートされてドアをくぐると、美しく磨き上げられた贅沢な大理石の空間と親しみのある笑顔のスタッフが迎えてくれた。
館内は長い時をローマとともに重ねてきた風格に満ちており、このホテルに滞在することは都市の歴史に触れることであり、ローマの旅の序章にふさわしい選択だと感じた。

そしてローマ屈指の眺望を誇るレストランがあるルーフトップに上がり、まさに天上の楽園(エデン)からローマの街並みを見下ろすような景観にうっとりとしていると、夕暮れの空に浮かぶサンピエトロ大聖堂のドームが遠くに見えた。
夕焼けに照らされたその象徴的なドーム屋根を眺めていると、翌日に控えたバチカン訪問への期待が静かに胸に広がっていった。

朝はやくバチカンへ向かうと、サンピエトロ広場には翌日行われる聖年の大イベント “Jubilee of Catechists” のために椅子が何万脚と果てしなく並べられ、広場だけでなく、大聖堂の内部には透明な椅子がびっしりと並んでいた。
視界を埋め尽くす椅子の大海を前にして、世界中の人々が新教皇を一目見よう、その言葉に耳を傾けようとする思いの強さを感じた。14億人の信徒を導く教皇とは、こうした熱を一身に受け止める存在なのだと圧倒された。

巡礼者たちが放つ外の熱気と内部のひやりとした厳粛な空気が奇妙な均衡を生み出し、翌日の祈りに向けて、バチカン全体が世界中から押し寄せる信徒を静かに待ち受けているようだった。

 

この日は非常に幸運なことに、聖年にだけ開かれる「聖なる扉(ポルタ・サンタ)」をくぐる機会に恵まれた。
普段、この「聖なる扉」は漆喰で固く封じられており、教皇がそれを開くことで聖年が幕を開ける。扉をくぐった者は罪が赦され、特別な恩赦を受けるとされる。
ほんの数メートル、石造りの厚い扉の向こう側へ歩みを進める行為が、重く長い歴史の中で綿々と繰り返されてきた儀式そのものであり、こんなにも人の感情を揺さぶるものなのかと、胸が熱くなる瞬間だった。

しかし、バチカンを訪れて強く感じたのは、ここは世界全土から数多の観光客と巡礼者が押し寄せる場所である、ということだ。
安全のため観光ルートがその場で変更され、突然見学エリアが閉鎖され、ときには有名作品の前に近づくことすら難しい。
厳粛さと混沌が同時に存在するのが、今のバチカンだ。

一方で、ここにはもうひとつ、公に語られることのない別の訪問があることを、今回の旅で知ることになった。

夜明け前のバチカン美術館で、すべての扉の鍵を預かる鍵番〈Key Master〉が300本もの鍵を手に回廊を巡り、閉ざされた部屋をひとつずつ開いていく儀式的な時間に立ち会う事ができる。そして、暗闇のラファエロの間にその日最初のあかりが灯り、『アテネの学堂』などのフレスコ画がゆっくりと色を取り戻していく…。そんな、バチカン美術館が目覚める瞬間に立ち会うことを許される訪問客が、世界には僅かに存在するという。

昼のバチカンでは到底想像できない、完全なる静寂に包まれたシスティーナ礼拝堂でただ一人、ミケランジェロの天井画を見上げることも。人の気配が完全に消えた礼拝堂は、きっと神とのつながりをより強く深く感じられる、本来の姿なのだろう。

この特別な体験では、通常は写真撮影が許可されないシスティーナ礼拝堂の撮影も認められる。礼拝堂の内部や普段は封鎖されている中庭に設けられた特別な場所で、クラシックの生演奏とともにシャンパンを味わう夢のような時間も。

この“美の独占”とも呼べる至高の贅沢がどのように実現するのか、その詳細は非公開で、限られた存在にしか明かされていない。
地図に描かれない扉は、世界にいくつもある。バチカンというミステリアスな場所では、なおさらのこと。
言葉で語られない場所ほど美しく、旅の感動は深まっていく。もし興味を持たれた方は、どうぞお問い合わせを。

バチカンからゆっくり歩いてカンポ・デ・フィオーリ広場に着くと、夕暮れを前に周辺のレストランのテラスではスタッフが忙しそうにテーブルを整え、買い物袋を提げた市民が足早に通り過ぎていく。観光地でありながら生活の匂いが混じるローマらしい光景に出会った。

そんな広場の中央で、フードを深くかぶったジョルダーノ・ブルーノの像が静かに佇んでいる。この哲学者は、教会の裁判で自身の思想を糾弾されるも己の学問的信念を曲げず、1600年に異端の罪によりこの広場で火刑に処された。
のちに、ローマ市民の中でブルーノは「思想の自由」と「教会の権威への抵抗」の象徴的存在となり、自身が火刑となった広場で、バチカンがある方角を見据えるように像が置かれることになったそうだ。
像の制作を手がけた彫刻家フェラーリは、日の出=啓蒙を象徴する東向きを意図していたが、実際に設置される際、ローマ市民の要望で像はバチカンのある北西を向くことになったという話を聞いた。市民たちによる、教会への静かな意思表示として。

あくる日、世界中から何万人もの信徒を迎えるバチカンを静かに見据える哲学者の像は、まるで新教皇が立ったこれからの世界に向けて問いを投げかけているように見えた。来る年が穏やかな方向へ進んでいきますようにと、自然と願う気持ちが胸の裡に広がった。永遠の都ローマは、歴史と現在が隣り合い、そのあいだに未来への祈りがともされている。

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