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日本のゴルフコース探訪【後編】
2021.02.26
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日本のゴルフコース探訪【後編】

WRITTEN BY Masahiro.K

第一回はゴルフ天国九州屈指のシーサイドゴルフコースを紹介させていただきましたが、二回目はゴルフ好きなら一度はプレーしてみたいと思う有名・名門コースをご紹介します。

鳴尾ゴルフ倶楽部(CHアリソンの置き土産 "美しき魔物")

まずは2020年に100周年を迎えた歴史を誇る日本のゴルフ文化の原点とも言える鳴尾ゴルフ倶楽部です。日本のゴルフ黎明期に誕生し、その後時代の荒波に翻弄されながらも、1世紀にも及ぶ歴史を紡いできました。重機もなかった時代に自然の地形を活かし人力のみで造成されたコースは名設計家の誉高いC.H アリソンの息吹を感じ、芸術的とも称される美しさと難しさで日本を代表する「山の上のリンクス」として世界に知られています。

日本におけるゴルフ発祥の地が六甲山上にある1903年設立の神戸ゴルフ倶楽部であることは広く知られています。明治期に神戸の居留地に住む外国人が六甲山上に別荘を構え、ゴルフコースも作りました。しかし、冬季は雪に覆われプレーが出来ない事から街に近い鳴尾浜に新しいコースを設け、1920年鳴尾ゴルフ倶楽部となりました。その後の金融恐慌によりメンバー達は新たなコース開設に向けて動き出すこととなり、クラブ運営の中心であったクレーン兄弟が多くの候補地の中から見つけたのが兵庫県川西市の現所在地なのです。
名前は鳴尾ゴルフ倶楽部のまま1930年オープンした新コースは直ぐに大きな転機を迎えます。翌31年東京ゴルフ倶楽部、川奈、広野の設計の為に来日していたイギリスの著名コース設計者チャールズ・アリソンによる改造が施されたのです。

彼の提言により増設された多くのバンカーは地形の自然な歪みや高低差を巧みに取り入れ、更にバンカーエッジまで砂を摺り上げる事によりその造形美を際立出せ、鳴尾を象徴する景観を形作っています。
その後、戦時中の徴用や戦後の接収と言う苦い歴史を経ましたが、今日もほぼ開設当時のコースレイアウトのままでプレーヤーを楽しませ、そして翻弄しています。
1956年に竣工した現クラブハウスはこじんまりした簡素な平屋造りながら、その内部に入ると重厚なマントルピースやヒッコリーのゴルフスティックの装飾など歴史を感じる調度がプレーヤーを温かく迎えてくれます。

ところでプレーを終えた多くのプレーヤーが首項垂れてクラブハウスに戻って来る難しさはどこにあるのでしょう。

「自然の地形を活かしたクラッシック&オリジナル」と言うメインテナンスポリシーにあるように、豊かな松林に囲まれ自然の起伏が活かされた手作りの丘陵コースは一見広々見えますが、実は広いのは深々としたラフだけでフェアウエーは狭くショットが曲がるとスコアになりません。そしてスタート1番ホールは池越えのパー4から始まり、その後も谷越えやアップダウンを交えた複雑なコースレイアウトは距離の割にグリーンを狙う事を難しくしています。

そして何と言っても小さなグリーンの周囲をがっちりガードする有名なアリソンバンカーの存在です。その蛸壺のようなバンカーに向け流れ込む緩やかな傾斜がボールを待ち構え、脱出には高度なテクニックを要します。
アリソンバンカーと並んで有名なのは「鳴尾ターフ」と呼ばれる特有の高麗芝グリーンです。日本の多くのコースがベント芝グリーンに変わる中で高麗芝のワングリーンを維持するだけでなく、この鳴尾ターフは芝の葉が柔らかく横に伸びる特性があり、ボールのスピードが出やすく転がりもスムーズで、夏でもスティンプメーター10フィート以上と日本屈指の高速グリーンを誇っています。これも鳴尾100年の歴史が生んだ財産ですが、プレーヤーはグリーン上で常に緊張と繊細なタッチが要求され、ホールアウトするまで全く気が抜けません。

その難しさは砲台グリーンの周囲が深いアリソンバンカーでガードされ鳴尾の特徴が顕著に表れている4つのショートホールで際立ちます。例えば4番ホール、約200ヤードの打ち上げホールは見えるのはピンの上だけ、深いバンカーにガードされたグリーンは横長で背後には林が迫るスリリングなホールです。そして非常に深いバンカー群の先に島のように浮かぶ12番(約160ヤード)や、谷越えで8つもの深いバンカーが囲むシグネチャーホールの15番ホール(約190ヤード)など、ここに1発で乗せるのはかなりの上級者だけで、果敢にグリーンを狙ってバンカーに捕まり大たたきするのは私だけではないでしょう。

限りなく美しくも難攻不落なこのコースを「美しき魔物」とでも呼びたくなりますが、何度ラウンドしても飽きない魅力を秘めた日本ゴルフの誇りと言えるのではないでしょうか。

大洗カントリー倶楽部(コース設計の芸術家・井上誠一の最高傑作シーサイドリンクス)

日本でゴルフ場設計の名匠と言えばまず井上誠一氏の名前が上がるでしょう。1908年に東京で生まれ、静岡県川奈で病気療養中に著名なイギリス人設計家チャールズ・アリソンに出会いコース設計家の道を志します。

1981年までの生涯に設計したコースは現存するもので全38コース、その中には霞ヶ関カンツリー倶楽部や東京よみうりカントリークラブ、札幌ゴルフ倶楽部など多くの名門コースが含まれ、井上誠一コース巡りに挑戦するゴルファーも少なくありません。

井上の真骨頂は「コースは美しく戦略的でなくてはならない」と述べた自らの設計思想通り、土地の自然景観をそのまま活かし、あらゆるレベルのゴルファーが楽しめる戦略性の高さを持った美しいコースを造り出す事でしょう。

彼のコースを回るには多種多様なショットを打つ必要性から14本のクラブ全てを使う事が要求され、光や風が単調とならないよう配置された各ホールは、プレイヤーを飽きさせる事がない設計だと言われています。

その井上誠一設計のコースの中でもクラッシックな趣きに溢れた初期のものは評価が高く、1953年開場のここ大洗カントリー倶楽部も最高傑作の一つと言われています。

彼は生前この大洗を「シーサイドリンクスと言う日本では珍しい立地条件に恵まれ、また他に類例がない黒松林に富み極めて個性的で、これこそ得難い日本ゴルフコースの宝物と言える」と評しています。

ご存じの通りゴルフはスコットランドのシーサイドリンクスで生まれ、今日でも全英オープンはセントアンドリュースなど全てリンクスコースで開催されています。リンクスとは海岸と内陸の耕作地をつなぐ(リンクする)不毛の砂丘地と言う意味ですが、日本ではそこにゴルフ場が作られるケースは殆どありませんでした。しかし太平洋に面した大洗海岸に沿って造られたこのコースは、自然の砂丘地を活かして作られており砂地を残して自然のラフとしたので、フェアウェーバンカーが殆どないのも特徴でしょう。

また、コース内には江戸時代からの防風防砂林である25,000本の黒松があり、中には樹齢100年を超える巨松も数千本あって、独特の美しい景観を醸しだしています。井上の人工造形物を極力排除する設計美学はこの松林を自然の障害物とし、大洗名物の「空中のハザード」と称されています。

密集の高い松の巨木群は、長年に亘る海からの強風で芸術作品のように横斜めに茂り、両サイドからフェアウェー上に張り出して空間を狭め、ボールの行く手を遮るだけでなく時にガードバンカーの上さえ覆って脱出を阻みます。それは早くもスタートホールで実感する事になります。1番ホール440ヤードは真っすぐで平坦なミドルホールでティーショットはさほどプレッシャーを感じません。しかし、グリーンに近づくほどフェアウェーが絞られるだけでなく、左右から張り出す松の枝がアプローチショットの弾道を限定し、僅かなミスショットが空中のハザードの洗礼を受ける事になります。

7番の542ヤードと距離のあるロングホールはS字にうねり、各ショットの落とし場所が限られ、スコアメイクには飛距離は勿論フェードとドロー、高低の弾道と様々な球筋を操る技が要求される難ホールで正に井上誠一の真髄のホールと言えます。
そして17番ホールの418ヤードの長いパー4です。左右の松を避けながらフェアウェーを捉え、砲台グリーン左手前の谷を巧みに避けてグリーンを狙うには十分な飛距離と正確さが要求される難関で、ここでトーナメントの勝敗を決した事も少なくありません。
またシーサイドリンクス特有の海風が吹けばより一層難しさが増し、特に太平洋に向かって打つ印象的な16番は218ヤードと長いショートホールで、向かい風の時はドライバーを持つ必要もあります。

グリーンは当初井上の主張が受け入れられず、不思議な折衷案としてベントと高麗芝のコンビネーショングリーンでしたが、その後の改修でベント芝1グリーンとなった為、大きくうねる巨大なグリーン攻略には高い技を要求されます。

最終ホールで松林に打ち込んだ田中秀道が、スーパーショットでグリーンを捉え劇的な優勝を飾った1998年の日本オープン(そのショット地点の松林に記念碑ありますが、とてもグリーンを狙える場所とは思えません)など多くのメジャートーナメントが開催されましたが、長打力だけでは制服できない難易度の高さで多くのドラマを生んだ事もコースの名声を高めたと言えるでしょう。

フルバック7,205ヤード(レギュラー6,710Y)でコースレート74.4が示す通り国内屈指のモンスターコースでありラウンドの疲労感は半端ではないですが、ここでしか味わえないゴルフの醍醐味を楽しめるコースと言えます。

クラブハウスは周囲の松林に溶け込むような風格のある瓦屋根の和風建築で、歴史と気品を漂わせています。

その玄関に続く松林の入り口にあるのが1872年から続く老舗料亭旅館「大洗山口楼」です。茨城産の新鮮で良質な素材を目の前で焼いてもらえますが、季節が良ければ潮騒や磯の香りが心地よい松林の庭でも食事を楽しむことができお薦めです。因みに井上誠一はここに寝泊りしてコースの設計をしていたそうです。

太平洋クラブ御殿場コース(秀峰富士山がミラクルを呼ぶ)

日本のシンボル秀峰富士山のなだらかな山麓に広がる美しいチャンピオンコースは国内外のゴルフ場人気ランキングでも常連で、多くのゴルファーが一度はプレーしたいと願う日本を代表するコースです。
毎年シーズン終盤の11月にこのコースで開催される日本屈指のトーナメント「三井住友VISA太平洋マスターズ」をテレビ観戦されるゴルフファンは少なくないと思います。セベ・バレステロスやリー・ウェストウッドなどの外国人選手や、古くは尾崎将司や中嶋常幸、最近では石川遼や松山英樹などビックネームが優勝者に名を連ねています。48回大会では女子プロ香妻琴乃選手の弟、香妻陣一朗選手が最終18番ホール(525ヤード、パー5)のイーグルで1打差をひっくり返し初優勝した事もファンの記憶に残っていることでしょう。

18番と並ぶ印象的なホールは17番(230ヤード、パー3)のショートホールでしょう。

打ち下ろし池越えのショートホールですが、ティーグラウンドの背後に富士山がそびえ立ち、天気が良ければその姿が池に映りだされ御殿場を象徴するシグネチャーホールです。池の中に立てられたマスターズのサインボードと共に必ずテレビ中継される有名なホールですが、複雑な風を読んで大きな池とバンカーに囲まれた縦長のグリーンを正確に捉える事は容易でなく、ここを過ぎないと勝敗は分からないとさえ言われる難ホールで、ここでも数々のドラマが生まれてきました。

ドラマと言えば2020年にプレーした際、同伴競技者がここでホールインワンを出しました。同伴競技者がホールインワンしたのは初めての事であり、この難ホールで初のエースを出した本人と共に大感激の記念すべきホールとなりました。秀峰富士山はミラクルを呼ぶ何かを持っているのかも知れません。

このコースを運営する太平洋クラブは「日本が世界へ誇るゴルフクラブへ」をビジョンに掲げて世界トップレベルのコース造りを目指しています。

2018年その一環としてベスページやバルタスロールなど全米オープンコースの改修を手掛け、オープンドクターと称される世界的コース設計家リース・ジョーンズ氏(名設計家ロバート・トレント・ジョーンズの息子)と、世界のチャンピオンコースを知り尽くしこのコースでも2度の優勝実績がある松山英樹選手も加わって全面改修が行われました。改修は戦略性と景観を重視し、ただ単に距離を伸ばすだけでなく多くのバンカーやハザードの形状や位置を変更、グリーン周囲を高麗芝に張り替えたことでグリーンを外したボールは拡張されたバンカーや池などに転げ落ちるなど難易度に一段と磨きをかけました。何より、富士山の景観が更に映えるようレイアウトに変更するなど美しいコース造りを追求しているところが素晴らしいです。

整備の行き届いたコースだけでなく、訓練されたキャディーや従業員、施設やレストランの食事から別棟に立つプロショップまで上質で高い水準のサービスを提供しています。

ゴルフ史に残る数々の名シーンを生んでファンを魅了する世界水準の御殿場でスリリングなトーナメント気分を味わうと共に、ミラクルを体験してみては如何でしょうか。

二回に亘り日本のゴルフ場探訪をお届けしました。国内に2,200以上あるゴルフ場の中から九州と本州の中から印象深いコースを6か所ご紹介しましたが、これ以外にも素晴らしいコースは数えきれないほどあります。

北は北海道から南は九州・沖縄までそれぞれの土地柄と四季折々の季節感を楽しめる日本国内のゴルフ場は実に変化に富んでいます。またプレーだけでなく、各地の特産や郷土料理を楽しめると言う「おまけ」もゴルフ場巡りの醍醐味ではないでしょうか。ぜひ日本各地でのゴルフ場巡りをお楽しみください。