
最後の楽園マダガスカル

固有の野生動植物が比類なく生息するマダガスカルは、まさしく地球上でも最大級の生物多様性地域といえるだろう。
21世紀に入った現在も、マダガスカルに生息する野生生物種の90パーセント以上が固有種であり、1999年からの10年間で615種もの新種が発見されたというから驚きだ。今なお新種の発見が続き、多くの種が絶滅の危機に瀕しているマダガスカルは、ここで生きる動植物にとってまさしく「最後の楽園」と呼ぶにふさわしい場所だ。
マダガスカル共和国の国土は日本の約1.6倍で、世界で4番目に大きい島であり、この島で暮らす人の数はおよそ3,100万人。交通インフラが十分に整っていないため、移動は主に車か、発着地と便数が限られた国内線を利用することになる。
2025年、そんなマダガスカル共和国の首都アンタナナリボに降り立った。

到着早々向かったのは、アンタナナリボから東へ約150キロに位置するアンダシベ近郊に広がるマンタディア国立公園。年間200日以上の降雨に見舞われる熱帯雨林は、11種のキツネザルを含む多くの固有希少種の生息地となっている。
昼夜ともに雨に包まれたレインフォレストトレイルでは、マダガスカルを代表する固有種インドリ、アオミミキツネザル、ディアデムシファカ、アイアイ、カメレオンといった生態との遭遇を果たした。



往路同様、車で5時間かけてアンタナナリボへ戻り、そこからチャーターセスナに乗って一路、島の北部海岸に位置するアンジャジャヴィへ。ここもまた、550ヘクタールもの広大な敷地を有する自然保護区である。
迎えてくれた宿は、マダガスカル唯一のルレ・エ・シャトーである「アンジャジャヴィ ル ロッジ」。
海岸線に沿って立ち並ぶ全24室のオーシャンビューのヴィラは、茅葺き屋根と伝統的な木造建築が美しい高床式で、ヴィラを囲む木々の間を野生のキツネザルが縦横無尽に駆け巡る様子が印象的だった。

ジャングルトレッキングでは、マダガスカルの象徴ともいえるバオバブと対面した。
アンジャジャヴィのバオバブは推定樹齢1,000年とされ、地表に広く張り巡らされた根と天高く真っ直ぐに伸びる姿に感動し、その力強い生命力とエネルギーを感じた。

そして、もう一つ忘れがたい体験となったのが、ロッジから数キロ離れたモランバ湾でのサンセットクルーズだ。ビーチから乗船したボートは波を避けながら進み、やがてマングローブの森が広がるモランバ湾に入ると、鏡のように穏やかな凪の海が目の前に広がっていた。周囲に人の気配は一切なく、静寂の中に聞こえるのは耳をかすめるわずかな風と微かなモーター音のみ。マダガスカルの辺境にいることを全身で実感するひとときだった。
手つかずのビーチや、海面に浮かぶ数々の浸食された奇岩、そして島肌から伸びる樹齢数百年から千年に及ぶバオバブを眺める時間は、それだけで贅沢であった。
マングローブの森に沈む夕陽を見つめながら、悠久の時に思いを馳せた。


そして、アンジャジャヴィを去ったあとには、今回のマダガスカル訪問でのハイライトと言える滞在先が待ち受けていた。
旅の起点アンタナナリボに再び戻り、今度はマダガスカル航空のATR機で最北部の空港アンツィラナナ(ディエゴ・スアレス)へと向かった。
目的地であるプライベートアイランド、ミアヴァナへはヘリコプター以外にアクセス方法はなく、出迎えてくれたパイロットのナビゲートによる30分の移動はちょっとした遊覧飛行で、絶景を楽しみながらのフライトは快適そのもの。

ミアヴァナは、人里離れた1,000ヘクタールのプライベートアイランドであり、島に滞在しているのはゲストとスタッフのみである。
30年前、南アフリカ人のトレジャーハンターによって発見されたこの群島は、一時は海賊の秘密の隠れ家となり、近年では栄養豊富な海域を活かした海藻養殖が盛んになったという興味深い歴史を持つ。
メインハウスとわずか14室の独立したヴィラがあるのみだが、自然植生を丹念に復元するため10万本以上の原生林を植え、建築には天然素材とリサイクル素材のみを使用することにこだわったという。結果、建設に丸4年の歳月を要し、2017年の開業直後から”究極のアイランドリゾート“として、世界のラグジュアリートラベラーから注目を集めることとなり今に至っている。

ヘリパッドに出迎えてくれたインドネシア出身のプライベートバトラーに案内されて宿泊するヴィラへ向かい、リビングルームでチェックイン手続きを済ませた。
十分な広さのリビングルームに加え、キッチン、プール、ガーデンテラス、屋内外のダイニングスペースなどが備わった空間は620平方メートルにおよび、1ベッドルームとしては圧巻の広さを誇っていた。
白を基調とした美しいメインハウスには、レストランとガゼボを備えたインフィニティプール、バー、ミュージアム、ブティックといった施設が全てビーチフロントに揃い、プライバシーが保たれたスぺーシャスな空間と静寂性によって、平和で穏やかなプライベートアイランドリゾートの空気に満ちていた。

ヴィラには、ウェルカムメッセージが添えられたシャンパンボトルが用意されており、プライベートバーにはジン、ウイスキー、ウオッカがボトルごと並び、ワインセラーのワインも自由に開けてよいとのことで、実際に飲まなくとも贅沢で満たされた気持ちになった。
ミアヴァナでは、滞在中のプレミアムワインやシャンパンを含むすべての飲料と食事に加え、島内でのアクティビティ、ランドリー、ウェルカムスパトリートメントなどが宿泊料金に含まれるオールインクルーシブである。
24時間対応のプライベートバトラーとはWhatsAppでつながっており、昼夜を問わず細かな要望にも応えてくれたため、滞在中は終始スムーズで快適なものとなった。

ミアヴァナは、タイム・アンド・タイドが手がけるフラッグシップのリゾートであり、自然保護と持続可能な観光を掲げてアフリカを中心に展開する気鋭のホテルブランドだ。
この比類なきサンクチュアリは、まぎれもなく世界でも有数のプライベートアイランドリゾートであった。
ヘリパッドを離陸した機体は、地上で見送るスタッフに手を振りながらリゾート上空を旋回し、島を後にした。
ヘリから見下ろす最後の光景は、再訪を静かに誓わせるほどの余韻を残した。

