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歴史ある絵画から、現代のデザインへ。アントワープとアムステルダム、アートをめぐる旅
2026.10.06
ACTIVE HOLIDAY, DISCOVERLY

歴史ある絵画から、現代のデザインへ。アントワープとアムステルダム、アートをめぐる旅

WRITTEN BY NAOMI.T

ベルギーのアントワープと、オランダのアムステルダム。
高速鉄道で約1時間20分ほどで結ばれるこの2都市には、時代も表現も異なるさまざまなアートがあります。
ルーベンスの壮大な宗教画、フェルメールやレンブラントの絵画、ゴッホの鮮やかな色彩。そして、バンクシーをはじめとする現代アートや、街に息づくモダンデザイン。
さらに、かつて修道院だった建物や、銀行、音楽院として使われていた歴史ある建築が、現在はホテルとして新しい時間を刻んでいます。
美術館を巡るだけではなく、街を歩き、建築を眺め、歴史ある空間に泊まり、食やデザインに触れる。アントワープからアムステルダムへ。実際にこの2都市を訪れながら出会った、アートをめぐる旅をご紹介します。

街の入口から、すでにアートが始まっている。

アントワープに到着してまず目に入るのが、アントワープ中央駅。
「世界で最も美しい」と称されるその建物は、大理石やガラス、鉄骨を惜しみなく使った壮麗な構造で、駅の概念を越えた一つの建築作品です。ドーム状の大天井から差し込む光、繊細な装飾、そして開放的な吹き抜け。列車を降りた瞬間から、これから始まる旅への期待が高まります。
駅を出て街を歩き始めると、そこかしこにこの街が重ねてきた歴史が感じられます。その背景にあるのが、フランドルの豊かな文化と、そこから生まれた芸術です。
その中心に位置するのが、アントワープ聖母大聖堂。ここには、アントワープで生涯を過ごした画家ピーテル・パウル・ルーベンスの代表作が、今も当時の場所に遺されています。

なかでも《キリスト降架》は、1611年から1614年にかけて制作された大作です。
もともとこの大聖堂の礼拝堂を飾るために依頼されたこの祭壇画は、美術館に展示されている作品とは異なり、「本来あるべき空間」に置かれているからこその存在感を放っています。大きな祭壇画を前にすると、圧倒されるのはそのスケール感だけではありません。人物の肉体美や白い布のしなやかな動き、光を浴びる表情、そして暗闇から浮かび上がるような強いコントラスト。約400年も前に描かれた作品でありながら、一瞬で視線を奪われる強い力がありました。

『フランダースの犬』で少年ネロがこの絵をひと目見たいと願った物語を知っていると、ここに立つこと自体に特別な感慨があります。実際に作品と対峙してみると、物語の記憶を超えて、ルーベンスがこの街で筆を振るっていた時代や、絵画が越えてきた長い歳月にまで思いが巡ります。それこそが、この場所でルーベンスを鑑賞する一番の醍醐味なのかもしれません。

800年近く、人を迎えてきた場所

今回のアントワープ滞在のホテルは、ボタニック・サンクチュアリ・アントワープ(Botanic Sanctuary Antwerp)です。
この敷地の歴史は1238年まで遡ります。もともとは病院として、病人や貧しい人々を支える場所でした。その後、修道院や礼拝堂などが築かれ、祈りと医療の場として長い時間を重ねてきました。
さらに興味深いのが、薬草とのつながりです。
16世紀には、薬をつくるための植物を育てる薬用植物園が設けられていました。現在のボタニカルガーデンは19世紀に整備されたものですが、そのルーツはこの薬用植物園にまで遡ります。
病院として人を支え、薬草を育て、修道院として祈りを受け入れてきた場所が、現在はスパやウェルネスを備えたホテルへ。
時代とともに役割は変わっても、「人がここで心身を休める場所」という記憶が、どこかに受け継がれているように感じます。

実際に敷地を歩くと、古い石壁や回廊、緑豊かな庭が、現代のホテルの中に自然に残されています。
私がチェックインした日は、ちょうどウエディングが行われていました。
歴史ある建物と庭園に花や装飾が加わり、いつもとはまた違う華やかな雰囲気に。長い時間を重ねてきた場所で、新しい人生の門出を祝う人々が集まっている光景が、とても美しく感じられました。

街を巡った一日の締めくくりには、バーラウンジへ。ベルギービールとともにいただいた、伝統料理のシュリンプクロケットは、香ばしい衣の中に、海老の濃厚な旨味が広がる心地よい一品でした。街を巡った一日の締めくくりには、バーラウンジへ。ベルギービールとともにいただいた、歴史ある空間に身を委ねながら、この街が重ねてきた豊かな時間に静かに浸る夜となりました。

宮殿の面影と、現代のショコラ

アントワープの街を歩く楽しさは、歴史と現代が心地よく交差する瞬間にあります。
メイア通りに位置する「ザ・チョコレート・ライン」もそのひとつ。ナポレオンが手を加えたとされる18世紀の宮殿、そのかつての厨房空間が、いまはショコラティエのアトリエとして息づいています。
重厚な建築美のなかで出逢うのは、スパイスやアロマを自在に操るアヴァンギャルドなチョコレートたち。その奔放で攻めたアプローチはどこかパンクで、最高にロックです。

過去の歴史を単なる「遺産」として閉じ込めるのではなく、今の感覚を重ねて現在進行形の魅力へと変えていく。その自由で洗練された感性に触れ、この街が持つ美意識の深さを改めて実感しました。

アムステルダム 17世紀の光から、ゴッホ、そして現代へ

アントワープから高速鉄道に乗り、アムステルダムへ。
そしてアムステルダムに入ると、街の印象が少し変わります。
運河沿いに並ぶ細長い建物、石畳の道、自転車が行きかう街並み。
そして、この街では17世紀の絵画からゴッホ、現代アート、デザインまで、時代の異なる表現を巡ることができます。
アートを目的にアムステルダムを訪れるなら、ミュージアムプレイン周辺は外せません。

最初に訪れたのは、アムステルダム国立美術館。
ここには、フェルメール、レンブラントなど、17世紀オランダ黄金期を代表する作品が集まっています。

フェルメールの《牛乳を注ぐ女》、そしてレンブラントの《夜警》。
実物を前にすると、教科書や画集で知っていた作品とは少し違うものが見えてきます。
1642年に完成した《夜警》は、人物を静かに並べた肖像画ではなく、画面の中に動きが感じられる作品です。人物の配置や光の当たり方によって視線が自然に画面の奥へ導かれ、今まさに人々が動き出しているような躍動感があります。

そして、この作品をめぐって現在も続いているのが「Operation Night Watch」。
Rijksmuseumでは、2019年に始まった大規模な調査・保存修復プロジェクトを、専用のガラス室を通して公開しています。2024年11月には本格的な修復段階に入り、現在は古いニスを除去する作業などが進められています。
完成した名画を鑑賞するだけではなく、何百年も前に描かれた作品が、これから先も残っていくためにどのように調査され、守られているのか。
作品の「過去」だけでなく、「これから」にも触れられることが、この美術館の興味深さのひとつです。

続いて訪れたのは、アムステルダム国立美術館からほど近いゴッホ美術館。
ゴッホが画家として活動した期間は、わずか約10年です。
この美術館では、初期の作品からパリ、アルル、サン=レミ、そして晩年へと、年代を追いながら作品の変化を見ることができます。

今回は専属ガイドの案内をお願いしたことで、作品をただ年代順に見るだけではなく、それぞれの作品が描かれた背景や、ゴッホ自身についてのさまざまなエピソードも聞くことができました。
初期の暗い色調から、パリで新しい色彩表現に触れ、アルルでは黄色や青を大胆に使った鮮やかな作品へ。
年代を追って作品を見ていくと、ゴッホがどのように色を変え、描き方を変えていったのかが、少しずつ見えてきます。
よく知られている《ひまわり》にも、実は同じ構図で描かれた複数の作品があります。ゴッホは花瓶に入れたひまわりを描いた作品を複数制作しており、それぞれの作品を見比べると、同じ題材を繰り返し描きながら、色や表現を探っていたことが感じられます。

さらに、ゴッホの人生についても、一般によく知られているイメージだけでは語れないさまざまな説や研究があります。
作品を見ながらそうした背景まで聞くことができたことで、知っているつもりだった《ひまわり》やゴッホの人生が、少し違って見えてきました。
美術館を訪れるとき、作品だけを自分で見て回るのももちろん楽しいものですが、専属ガイドの説明を聞きながら歩いてみると、絵の中に隠れていた細かな発見に気づくことがあります。
今回のゴッホ美術館は、まさにそんな「知ることで、もう一度見たくなる」時間になりました。

そして、ここから一気に時代を進めます。
次に訪れたのはアムステルダム市立美術館(Stedelijk Museum)。
ミュージアムプレインに立つ白い大きな建物は、アムステルダムの中でもひときわ目を引きます。
特徴的な新館は、その形から地元で「バスタブ」と呼ばれているもの。歴史を感じさせる旧館に、真っ白な現代建築が加わり、異なる時代の建築がひとつの場所で交わっています。
館内では、現代美術だけでなく、デザイン、建築、写真など幅広い分野を扱っており、絵画だけではない「ものの見方」に触れることができます。

もう少し自由に現代アートを楽しみたいなら、モコ・ミュージアム(Moco Museum)へ。
ここはミュージアムプレインにある歴史的な建物を利用した現代美術館です。

館内ではバンクシー、アンディ・ウォーホル、ジャン=ミシェル・バスキア、キース・ヘリング、草間彌生など、20世紀から現代にかけて活躍するアーティストの作品に出会えます。
クラシカルな邸宅の空間に、ストリートアートやポップカルチャーを背景に持つ作品が並ぶことで、歴史ある建物と現代アートの意外な組み合わせが楽しめます。

アムステルダム国立美術館で出会った17世紀の絵画から、ゴッホ、そして市立美術館のデザインや現代美術へ。
外に出たとき、あんなに遠く感じていた昔の絵が、なんだかちょっと身近に思える。そのちょっとした気分の変化が、すごく心地いい旅の思い出になりました。

アムステルダムでは、美術館を出てからも、街を歩く楽しみが続きます。
運河沿いには、17世紀の建物が残る街並みの中に、ギャラリーやヴィンテージショップ、デザインの店が点在しています。
なかでもデ・ネイフェン・ストラーチェス(9つの街)は、運河地区にある9本の小さな通り。ブティックやギャラリー、デザインショップ、カフェなどが並び、歴史ある街並みの中に、今のアムステルダムの感性が感じられます。
目的地を決めて歩くというより、気になる店を見つけたら立ち止まり、また次の通りへ。
そんな余白のある歩き方が、この街にはよく似合います。

途中でいただいたのが、オランダのフレンチフライ。パタットやフリットと呼ばれ、紙のコーンに入れてソースとともに楽しむのが定番です。
この日は一番人気のトリュフマヨを添えて。香ばしく揚がったフライにトリュフの香りが重なり、シンプルながらも印象に残る味わいでした。
絵画を鑑賞し、街の建築を眺め、ショップをのぞき、運河沿いを歩く。
アムステルダムの日常に触れる時間も、この旅の楽しみのひとつでした。

銀行、音楽院、そしてホテルへ

今回のアムステルダム滞在で宿泊したのが、マンダリン オリエンタル コンサヴァトリウム アムステルダム。
「コンサヴァトリウム」は音楽院を意味しますが、この建物はもともと1897年に貯蓄銀行として建てられ、その後、音楽院を経て現在のホテルになりました。
館内には、レンガの壁やタイルなど銀行時代の面影が残り、蜘蛛や蜂のモチーフもそのひとつ。貯蓄銀行にちなみ、「蓄える」ことを表したデザインなのだそうです。
歴史ある建物の内側には、大きなガラスのアトリウムが広がり、古いものと現代的なデザインが自然に重なっています。現在も、かつてここで学んだ卒業生が演奏に訪れることがあるそうです。

今回もうひとつ楽しみにしていたのが、2026年3月にオープンしたヨタム・オットレンギの「Ottolenghi」。
野菜を中心に、グリルや発酵、スパイスを取り入れた料理が楽しめます。
特に印象に残ったのが、なすを使った一皿。とろりとしたナスに、カポナータの甘酸っぱさ、クルトンの食感、スパイスの香りが重なり、野菜を主役にしながらも奥行きのある味わいでした。
朝食もこのアトリウムで。朝の自然光が差し込む静かな空間で、前日の美術館巡りを思い返しながら過ごす時間も心地よいものでした。
銀行、音楽院、そしてホテルへ。
ひとつの建物に残るさまざまな時代の記憶を知ることで、泊まるだけでは見えてこなかった、この場所の魅力を感じることができました。

また訪れたいと思える街

アントワープとアムステルダムを実際に歩いてみて、旅の終わりに残ったのは、「まだ見てみたい」という気持ちでした。今回訪れることができなかった美術館、もう少し時間をかけて歩いてみたい通り、次に訪れてみたいレストラン。一度訪れたことで、次の旅で見たいものがさらに広がっていました。
今回のひとり旅では、自分のペースで気になる場所にふと足を止める気ままな時間がとても心地よく感じられました。その一方で、作品についてより深く知りたくて専属ガイドと一緒に巡った時間は、本当に素晴らしい体験となりました。ただ眺めるだけでは気づけなかった歴史や背景を聞きながら巡ることで、作品が一層生き生きと立ち現れてくる感覚がありました。
ひとりで自由に歩く時間と、専門家とともにじっくりと知を深める時間。その両方を満喫できたからこそ、旅の満足感がより一層高まったのだと感じます。
まだ見てみたいものがあるから、また訪れたい。
そんな心地よい余韻を残してくれた、アントワープとアムステルダムでした。

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