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ビル・ベンズリーの世界
2024.07.01
DESTINATIONS, HOTELS

ビル・ベンズリーの世界

WRITTEN BY HIROSHI.K

ビル・ベンズリーが手掛けたホテルほどわくわくするホテルはない。
ラグジュアリーブランドのホテルでも、ひとたび部屋に入ってしまえば、いったいどのブランドのホテルに泊まっているのか分からなくなることがしばしばある。とりわけ都市型ホテルにおいては、広さとレイアウト、デザインが似通ったホテルが多く、ブランドの安心感とは裏腹に、物足りなさを感じる時もあった。

2013年、バンコクのチャオプラヤ川沿いに独立系のユニークなホテルが出来たと聞き向かった先が、ザ・サイアムだった。
バンコク市郊外に佇む39室のブティックホテルは、自然光が降り注ぐボタニカルガーデンやアンティークミュージアムを彷彿とされるヒストリカルな雰囲気の中に、コンテンポラリーなエッセンスを取り入れる妙が何とも独特な美しさを感じさせるホテルだった。それまで見て来たシティホテルのイメージとは、明らかに一線を画すものだった。
そしてこの時にザ・サイアムを手掛けたデザイナーとして、ビル・ベンズリーの名前を初めて知ることになった。

1959年にカリフォルニアで生まれ、ランドスケープアーキテクトを専門としてキャリアをスタートさせたビル・ベンズリーは、その後、造園家、建築デザイン、インテリアデザインの分野で才能を発揮し、1989年バンコクにてベンズリースタジオを開業する。
初期に関わったフォーシーズンズ ファラライ、ウダイヴィラス、シャングリラ ホテル バンコク等を皮切りに、今に至るまで50か国以上で200のプロジェクトを手掛けている。
そして、2006年に初のテント・キャンプ・プロジェクトとなるフォーシーズンズ テンテッドキャンプ ゴールデントライアングルの開業が、ベンズリーの名前を一躍世界中に轟かせるきっかけとなった。リハビリ中の象の保護施設を兼ねた宿泊施設というホスピタリティ業界における新しいコンセプトが高く評価され、その後コンデナスト トラベラー誌において、世界のベストホテルに3年連続で選ばれることになる。

今ではすっかりベンズリー作品の代名詞ともなったテンテッド キャンプスタイルのホテルに初めて泊まったのは、バリ島の熱帯雨林の中に建つカペラ ウブドだった。渓谷とライステラスの風景を持つバリ様式のヴィラホテルが定着していた当時のウブドにあって、テントスタイルのラグジュアリーホテルがオープンしたというニュースは、なんとも斬新で衝撃的だった。
細部まで造り込まれたテントスタイルの客室はユニークと評するに他ならず、吊り橋を渡ってテントにチェックインするアプローチ、屋外に設置された真鍮のバスタブとドリンクが満載の電気式のクーラーボックス、まるで映画のセットのようなスイミングプール…。そのいずれもがゲストの好奇心を満たす舞台装置であり、まさにベンズリーが作る世界観を体現したリゾートであった。

ベンズリーによるテンテッド ホテルにすっかり魅せられ、その後はルアンパバンに建つローズウッド ルアンパバン、そしてカンボジア南部のカルダモン山中のジャングルにあるシンタマーニ ワイルドを巡った。

ローズウッド ルアンパバンは、街の中心部から少し離れた熱帯雨林の中にひっそりと佇む大人の隠れ家リゾートと言える一軒。リゾートに足を踏み入れるとそこは街の喧騒からは程遠く、静寂に包まれている。敷地内にある自然の滝や小川をランドスケープデザインの天才は巧みに利用し、川の上に迫り出した遊び心溢れるELEPHANT BRIDGE BARや、リバーサイドとウォーターフォールサイドに位置する部屋とヴィラは非常に涼しげで、鳥のさえずりと川のせせらぎが癒しの時間を演出してくれる。すべての部屋はラオス建国に所縁のある偉人の名前を冠しており、部屋ごとにその人物をモチーフとしたインテリアとなっており、2度、3度と部屋を変えて宿泊するリピーターが絶えないという話も納得だ。
特におすすめの部屋は熱帯雨林に浮かぶ“空中テント”とも呼べるヒルトップテント。カペラウブド同様につり橋を渡ってテントにチェックインすると、緑豊かな山々と熱帯雨林を見渡す圧巻のビューが眼前に広がる。森を見下ろす広々としたプライベートテラスにはバーカウンターが設えられており、夕日を眺めながら非日常の優雅な時間を楽しむことができる。

そして、2017年にベンズリー・コレクション4作目となるシンタマーニ ワイルドへ。スリリングなジップラインでのチェックインは初めての経験で、今も忘れがたい思い出だ。ここまで来るとベンズリーの好奇心を掻き立てる演出と、テンテッドホテルの完成度の高さを感じることが出来る。シンタマーニ ワイルドは、1967年にジャクリーン・オナシスがシアヌーク国王に豪華なテントでもてなされたという実話にインスパイアされて造られ、カンボジアのジャングル奥深くに存在するゴージャスなテントで過ごすというのは特別な体験となった。
アクティビティ天国のシンタマーニ ワイルドにあってとりわけ楽しい経験となったのは、エクスペディションボート「ワイルド号」でのリバークルーズだ。宮崎駿映画を連想させる木とクロームで出来た小さなボートの乗員は、自分とキャンプテンのみ。この遊び心に満ちたボートもやはりベンズリー自身がデザインを手掛けたものだった。とびきりワイルドでありながら、ラグジュアリーさがもたらしてくれる居心地の良さと安心感を兼ね備えたリゾートこそベンズリーワークスの真髄で、他では味わうことのできない感覚を改めて教えてくれる場所だった。

そして忘れてならないホテルが、ベトナムのビーチリゾート、インターコンチネンタル ダナンだ。
ソンチャ半島自然保護区の熱帯雨林の中にある断崖絶壁と、眼前に広がる美しい曲線を描くダナン湾。ランドスケープデザインの奇才は、この類まれなロケーションを見事に利用して独創的なリゾートを造り上げた。崖の上からHeavenSkyEarthSeaという4階層の構造とし、其々の層への移動にはリゾート中央にあるドラゴンをモチーフとしたケーブルカーを使用するという遊び心が感じられる。上品なフレンチコロニアルの建築に、ビル自身が数十もの寺院を訪れて研究したベトナムの伝統スタイルが見事に調和し、スタッフの制服やテーブルウェアといったディティールに至るまでデザインされた、まさにビル・ベンスズリーワールドと呼ぶべきリゾートだ。
リゾート内にある「ベンズリー・アウトサイダー・ギャラリー」でビルが手掛けたアート作品を鑑賞・購入できることもファンにはたまらない魅力だろう。

もはや、ベンズリーが手掛けたホテルと聞いて反応せずにはいかなくなってきた頃、アジアに誕生した2つのホテルを巡る旅に出た。

2024年の初頭、タイ北部のカオ ヤイにオープンしたインターコンチネンタル カオ カイ リゾートに向かった。世界にはいくつもの豪華列車が走ってはいるものの、実際の車両を使ってここまで造り込まれたトレイン ホテルはそうないであろう。タイの鉄道旅の黄金期と呼ばれたラーマ5世の統治時代、カオ ヤイがタイ東北地方への鉄道輸送の窓口だったことからインスピレーションを得たもので、エントランスから客室、スパ、ダイニングに至るまで当時の鉄道をイメージしてデザインされている。駅舎に見立てたレセプションでチェックインすると鐘が鳴らされ、ベンズリーの世界へと没入する滞在がスタート。車両をそのまま豪華な客室として見事にトランスフォームさせ、リゾート内に何本も本物のレールが敷かれていることに驚かされた。連結したキッチン付きの車両がフレンチレストランで、その名は「ポアロ」。アガサ・クリスティーの小説、オリエント急行殺人事件にインスパイアされたもの。豊かな木々が茂る森といくつもの湖を配した広大な敷地に、経験したことのない想像を超えた鉄道旅行が待っていたのだった。チェックアウトする瞬間まで、彼の世界観に引き込まれっぱなしの滞在となった。

そして、ベンズリー作品を巡る旅の第一章は、ハノイにオープンしたカペラ ハノイにて完結した。
豊かな自然に囲まれたタイの避暑地カオ ヤイを後にして向かったのは、都会の喧騒溢れるベトナムの首都ハノイ。前日までいたタイの鉄道旅から一変、カペラ ハノイは、1920年代の華やかさ香る芸能と芸術の世界へと誘ってくれた。オペラハウスをテーマにした館内は劇場そのもので、客室は全部で47室。「華麗なる47」と名付けられたそれぞれの部屋は、47人の伝説的なアーティスト、時代を彩ったスターと俳優、作曲家やミュージシャンをそれぞれモチーフとし、其々に異なるキャラクターが設定されている。
チェックインして通されたのは、5階の“Maude Fealy”1900年代初頭にアメリカで活躍した舞台女優をモチーフにした部屋だった。ケイト・スペンサーが手掛けたキャラクターの絵画は秀逸な出来栄えでアート作品そのもの。古き良き時代のオペラハウスが放つ華やかさが細部にまでデザインされ、ベンズリーマジックと呼びたくなるほど鮮烈に記憶に残る美しいホテルとの出会いだった。

インターコンチネンタル カオ カイ リゾートとカペラ ハノイの2軒は、ベンズリーが手掛けたホテルの中でも、ストーリーを持たせたテーマ型ホテルの傑作といって良いだろう。
奇想天外なアイデアから生み出される際立った個性を放つベンズリーの作品は、どれもが大胆でありながらも緻密に計算された繊細さを感じることができる。ナショナルチェンホテルが群雄割拠する中にあって、本来のホテルの在り方を問うているとさえ思える。

そして、ベンズリー作品を巡る旅の第二章は、ヒマラヤ山脈の麓シンタマーニ ムスタングへと続くことになるだろう。今後もどんなベンズリーワールドが待ち受けているのかと思うと楽しみで仕方がない。

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