大西洋に浮かぶ九つの島々 アゾレス諸島へ
アゾレス諸島なる島々をご存知だろうか。
リスボンから約1,500キロ離れた大西洋上に浮かぶポルトガル領の群島で、リスボンから最も離れた西部のコルヴォ島とフローレス島、中部のファイアル島、ピコ島、サンジョルジェ島、テルセイラ島、グラシオーザ島の5島、そして東部のサンミゲル島、サンタマリア島の合わせて9つの島々で構成されている。島によって特徴は異なるものの、総じて大自然の魅力にあふれた旅先である。2026年3月初旬、中部のピコ島とファイアル島、そしてアゾレス最大の島かつ商都でもあるサンミゲル島を巡るアゾレスの旅に出た。
リスボンからアゾレス航空による3時間半のフライトで、最初の訪問地ピコ島に降り立った。黒い島の由来の通り、火山の噴火を繰り返しつつ形成された島は火山性土壌による黒い砂と溶岩によって覆われ、曇り空と相まってどこかどんよりした印象だった。
18世紀に捕鯨で栄えた島は、その後19世紀にフィロキセラによる壊滅的被害によって途絶えつつも、復活を果たしたブドウ栽培、マグロを中心とした漁業とチーズ作りを中心とした酪農、これらの資源を活かしつつ近年は観光へと島を支える産業の変遷を辿って来た。
シーフードとワインがピコ島の食の魅力だということは、到着早々に案内されたタベルナ・カナルでの魚介料理とピコの固有品種であるベルデーリョワインのランチで知ることとなった。ほのかな酸味と果実の甘みが優しく感じられるすっきりとした白ワインは、名物タコのガーリックソテーと茹でたウチワエビとの相性も抜群で、早々にピコの食文化の豊かさに魅了されたのだった。
ピコ島では、生産者兼ワインメーカーであるマリアが、自ら所有するヴィンヤードを案内してくれたことが、最も思い出深いアクティビティとなった。
案内されたヴィンヤードには、溶岩石を積んだ塀に囲まれた区画が地表一面クモの巣のように広がり、まるで迷路のように入り組んだ独特の景観が広がっていた。石壁は激しい潮風からブドウを守り、太陽の熱を蓄えることでブドウの成長を助けると考えた開拓者の知恵によって生み出されたのだという。このヴィンヤード群“ピコ・ワイン・ランドスケープ“は、幾度もの絶滅の危機を乗り越えて復活と繁栄を遂げ、2004年に「ブドウ畑文化保護地域」として世界遺産に登録された。当時わずか240ヘクタールだったこの独特のヴィンヤードは、今では1,200ヘクタールまで拡張しているとの話を聞いて、マリアを含めたこの島の生産者の伝統への誇りとワイン造りにかける情熱を思い知ることとなった。
ヴィンヤードで説明を受けた後で招いていただいたのは、やはり石壁に囲まれたわずか1坪程度の作業小屋兼テイスティングルーム。
ピコ島の代表的な土着品種は、ヴェルデーリョ、アリント、テランテスの3つの白ブドウ品種。マリア自慢の2007年、2020年、2023年のそれぞれのヴィンテージの白ワインと地元ピコチーズ、手作りイチジクジャムとスコーンと併せていただいた。
石畳の隙間に根を張って健気に生きている葡萄の木々にたくましい生命力を感じつつ、如何にも非効率なこの畑で果たしてどれほどのワインが生み出されるものかと想像するだけで、グラスに注がれる一杯に鳥肌が立つ思いだった。自然との共生、伝統と革新、量より質を追求する姿勢・・・。限られたスペースでの心のこもったもてなしは、過去に体験した世界のどのヴィンヤードにも引けを取らない、これぞラグジュアリーの真髄とも言える素敵な時間となった。
ピコ島での宿泊は、客室数わずか5室のワイナリーホテル、アゾレス ワイン カンパニー。
ピコ島を代表する生産者が手がけるホテルもまた“ピコ・ワイン・ランドスケープ“の高台に位置し、背後にはポルトガル最高峰ピコ山、目前には大西洋の大海原を一望できる景観の中に佇んでいた。樽が積まれたセラーでのピコワインのテイスティング、そして、ピコ島きってのダイニング”ザ・カウンター”でのデギュスタシオンメニューに舌鼓を打った。コースはピコワインを中心としたポルトガルワインとのペアリングで、改めてポルトガルワインの奥深さとアゾレスの食の豊かさを体感した滞在となった。
ピコ島から隣島のファイアル島へは、目と鼻の先の距離でフェリーでわずか20分。黒い溶岩に覆われたピコ島の風景とは打って変わってファイアル島は緑が多く、どこか都会的であか抜けた印象だ。ガイドの案内で立ち寄ったのは、島の西端のカペリニョス火山。植生豊かなファイアル島にあって、このエリアだけは別世界。まるで月面にでも降り立ったような荒涼とした黒い大地が広がっていた。
1957年から58年にかけて起きた海底噴火によって新たに形成された半島で、噴火による火山灰によって半分埋もれた灯台は当時のまま残され、大自然の脅威を今に伝えている。その後噴火は沈静化したものの、大西洋の猛烈な風雨と荒波によって今もなお刻一刻と地形が変化し続けているとのことで、大自然が織りなす絶景を前にまるで地球創造の瞬間に立ち会っているかのような心揺さぶられる訪問となった。島を周回して中心地ホルタに戻り、立ち寄ったのはファイアル島でのもう一つのハイライト、”ピーター・カフェ・スポーツ”だ。
単なる酒場を越えて100年に渡って両替所、気象観測所、時にはレスキューの拠点としての役割を果たし、大西洋を横断するヨットマンたちを支えて来た場所。店内の壁や天井には所狭しと世界各国の国旗と船旗が飾られ、名前やメッセージが書かれた旗も多く、見ているだけでわくわくする。1918年の開業当時、オルタで活動していた英国の海底ケーブル会社の社員たちによってジントニックが良く飲まれたことによりジン・トニックが名物になったとのこと。100年もの間、大西洋上で最も売れ続けているジン・トニックとは、何ともロマン溢れるストーリーである。歴史に習い長年愛され続けて来たピーターズオリジナルのジン・トニックを当時の賑わいを想像しながら頂いた。
「パリにはハリーズ・バーがあり、シンガポールにはラッフルズがあり、ニューヨークにはマクソリーズ・サルーンがある。大西洋の真ん中ファイアル島には、孤独な船乗りたちが集うピーターズ・バーがある。」(1986年 パトリック・レイエナ)
将来クルーズででも寄港するようなことがあれば是非とも再訪したい場所だ。
今回のアゾレスの旅の締めくくりは、アゾレス諸島最大の島で首府ポンタ・デルガダを有するサン・ミゲル島にて。ポンタ・デルガダの人口は7万人で、アゾレスの玄関口と言える街。
高速道路も整備され、ポンタ・デルガダ周辺では工場や高層ビルも散見でき、他の島とは異なる都会的な雰囲気が漂っていた。とは言え、ポンタ・デルガダを一旦離れると、この島にもまた壮大な大自然の風景が広がっていて、アクティビティ天国でもあった。
二つの成層火山が持つカルデラ湖の一つフォゴ湖では、山の緑と水面のエメラルドグリーンが神秘的で息を飲むようなパノラマビューを目前にし、カルデラの中にある村”カルデイラ・ダス・セッテ・シダーテス”で、周辺をサイクリングして汗を流し、湖ではカヤックを楽しんだ。
山間の町フルナスは、温泉地として有名な場所。そこここに間欠泉があり、蒸気が噴き出している様子は、どこか日本の温泉地に来たような気分に。緑深い森に囲まれた茶褐色の天然温泉、テッラ・ノステラ・ガーデンで温泉体験。温度は37度程度とやや物足りなさを感じたものの、森林浴を満喫した。海洋生物学者を伴いスピードボートをチャーターして意気込んだホエールウオッチングは、早朝からポンタ・デルガダ沖を走り続けたものの、生憎クジラの姿を捕らえることは出来ず、代わりにシャチの大群が出迎えてくれた。
グルメガイドとポンタ・デルガダ市民の台所、グラッサ市場を訪問。農業が盛んなアゾレス産のローカル食材に加え、ヨーロッパ諸国や南米からの輸入果物も意外と多かった印象。市場見学の後は市場の一画にある老舗チーズ店にてアゾレス産チーズの味比べを体験。
ガイドと店主は長年の友人とのことで、止めどもなく出されるバラエティに富んだ地元産チーズに心もお腹も満たされたテイスティングとなった。
そしてガストロノミーツアーのハイライトは、ポンタ・デルガダの夕刻の街並みを散策しながら、島一番の人気ビストロ”タスカ”にて。ピコワインと共に地元名物料理、牛タンのチーズ煮込みと小魚のフリッターに舌鼓を打った。その後も、ガイドの案内でポンタ・デルガダのバル街をハシゴ。
8日間のアゾレス滞在を振り返りつつ、旅の締めくくりに相応しいポンタ・デルガダでの夜となった。
サン・ミゲル島での滞在は、ポンタ・デルガダ中心から車で20分程度走った海岸沿いに建つ”ホワイト ヴィラ“に。断崖の上から見渡す限りの大西洋の景観とアットホームなホスピタリティが魅力の全10室の邸宅風ホテル。
日中は島内観光をアクティブに過ごしつつ、リゾート気分を満喫するにはぴったりのホテル。
日本からは遥か西の彼方に位置するアゾレス諸島は、同時に日本人にとっては馴染みが薄い場所である。アゾレス諸島に向かうことそのものが貴重なエクスペリエンスとなるだろう。
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