日本オイスター紀行【続編】
有明海の海男との出会い
中津を後にし、向かった先は佐賀県太良町。
有明の海を愛し、有明での牡蠣作りに情熱を掛ける海男に会うのが目的だった。
太良町は、竹崎ガニの名で知られる渡り蟹の産地で、長崎県との県境に位置し有明海のヘソとも言うべき海と山に囲まれた風光明媚な漁業の町。
肥沃な土壌と栄養豊富な水質によって育まれた多種多様な生物の宝庫として栄えてきた有明海も、近年では海水の酸化による酸素濃度の低下が漁獲量に深刻な影響を及ぼし始めていると言う。
青のりやアオサが減り、変わりゆく海の環境を目の当たりにし、牡蠣養殖こそが海を救うとの思いで立ち上がったのが株式会社海男代表の梅津聡氏だ。
家業だった土木事業から漁業へと転身を図り、2017年から有明海種の真牡蠣のシングルシード養殖を手掛けている。
梅津さんと出会って早々、話題は有明海と牡蠣養殖の範囲に留まらず、漁業の未来と世界の海の話へと展開。
ユニークな発想と情熱的な語り口に惹かれて、思わず長居をしてしまった。
牡蠣養殖を手掛ける傍ら全国を飛び回り、各地で漁業支援や海の関係人口を増やす為の活動を行っている文字通りの海男。
革命はいつも一人から始まると言うが、この男が日本の海を救うかもしれないと思えてくる。
UMIOTOKOオイスターと名付けた殻付き牡蠣の出荷に拘る梅津さんではあるが、あいにく地元に卸している飲食店はないとのこと。
牡蠣を頂かずに太良町を後にすることはできず、水槽から揚げたばかりの牡蠣を積んで一時間かけて武雄の街へと向かった。
武雄駅からほど近い「あん梅」は、有明の新鮮な海の幸にこだわった梅津さんが最も信頼を寄せる割烹ということで紹介していただいた。
待ち構えていた大将に牡蠣が入った箱を渡し、新鮮な岩ガキをそのまま生で一品、もう一品は酒蒸にして調理していただきその旨さを十分堪能させてもらった。
牡蠣に加えて、この時期にしか水揚げされないと言う有明海の貴重な恵み“うみたけ”なる珍味もいただき、何とも贅沢なひと時だった。
人との出会いを求めての旅は良いものだということを改めて実感した太良町への旅となった。
Kumamoto Oysterの故郷へ
有明海を南下して一路熊本県天草地方へ。天草はちょっとしたご縁で、ここ数年毎年のように訪れているもののオイスターを求めて訪問するのは初めてのこと。
“Kumamoto Oyster”はアメリカでは高級牡蠣として人気が高く、その名が示す通り熊本に由来するが、殻付き牡蠣として日本では馴染みが薄いようだ。
戦後種カキとしてアメリカに輸出され、アメリカではブランド牡蠣として成功しつつも、食文化の違いによって日本での需要は伸びず熊本での養殖が途絶えてしまったという歴史を持つ。
アメリカ産のブランドながら、ルーツは熊本ということで、今回は有明原産のシカメガキの養殖に挑戦している恵比寿丸の原田奨氏を訪ねたのだった。シカメゲガキは小ぶりながらもクリーミーで濃厚な味わいを持つのが特徴で、原田さんは一年ものに拘わったヴァージンオイスターをエンジェルオイスターと称して出荷している。
天草市の中心、本渡にある”シャルキュティエ ピカソ”は、天草出身の松田シェフが著名シェフの元で研鑽を積み、地元に戻って2014年に開いたカジュアルフレンチのお店だ。
天草に来る度に立ち寄る場所で、ここでも牡蠣を持ち込ませていただき、生産者の原田さん、松田シェフとの牡蠣談義を楽しみつつエンジェルオイスターのマリネとアヒージョを堪能させて頂いた。
オリジナルの熊本産”Kumamoto Oyster”復活の日はそう遠くないと感じさせられた天草でのひと時だった。
ワインとウイスキー、そして牡蠣の町 余市
ソーラン節の発祥の地と聞けば昔からその漁場が豊かなのが想像できる。
ウニ、アワビ、ナマコ、タコなど磯周辺の魚介類のみならず、海老や鮭といった豊富な魚種に恵まれ、獲る漁業から育てる漁業へ挑戦しているのが北海道西部、日本海側に位置する余市町だ。
テレビドラマ「マッサン」で一躍有名になったニッカウヰスキーや、生産量日本一を誇るワイン用ブドウ畑と11の蒸留所がある積丹半島の小さな町。
余市での牡蠣養殖の歴史は浅く、2016年から始まったばかり。
当初は単に海に葡萄畑のように吊るしていた養殖スタイルを、ワインやウイスキーなどに合わせやすい高品質の牡蠣を目指し、オーストラリア式バスケットを使っての方式に変更。
小ぶりだがカップが深く、しっかりした味の深さが特徴の牡蠣の生産に成功する。目下試験操業中ということもあり、地元への少量出荷のみ。
高品質な一粒牡蠣を産学官民が一つになり2022年6月の初出荷を目指し取り組んでいる。
余市牡蠣みらい創りプロジェクト
海から吹く風は余市岳にあたり、余市川を伝ってやがて余市湾へ水となり戻ってくる。
その途中でブドウやウイスキー、豚や牡蠣を育む物語を繋いできた。この物語に一般の旅行客が参加できる取り組みが、余市牡蠣みらい創りプロジェクト。
施設や生産現場の見学に留まらず、実際に牡蠣養殖作業を行い、自分の手でカゴに入れた牡蠣を1年後に収穫するという、海の畑で漁師と一緒に牡蠣を育てる特別な企画。
参加代金の一部が、こども牡蠣漁師体験ツアーに寄付される仕組で、まさにみらいを創る物語の一員となれる内容だ。
この他にも、余市牡蠣を余市北島豚で包んで濃厚な出汁でしゃぶしゃぶで食べる“余市かき豚しゃぶ”の代金からも寄付されるので、自宅で産地を感じてみてはいかがだろうか。
この余市かき豚しゃぶ、販売開始直後に取り寄せて頂いたが、牡蠣のクリーミーさと豚が持つ甘味と旨味が混然一体となり旨味の新境地へと誘ってくれた。
2022年6月には余市を訪れていただく特別企画を実施予定。ご興味のある方は是非ご連絡お待ちしています。
RECOMMENDATIONS
日本オイスター紀行【前編】
近年、日本各地でブランドオイスターが続々と誕生していることを知り、2021年春から初夏にかけて至高のオイスターを求めて旅に出た。
“All need is Oyster” 旅の目的地は、オイスターそのもの。
日本オイスター紀行と題し、牡蠣が放つマトリクスの世界を旅先の魅力と共にお届けします。前編として、能登と伊勢志摩を訪問した際の様子をご紹介します。
日本オイスター紀行【後編】
”Farm to Dish”を体験するため、大崎上島へ。瀬戸内海に浮かぶ島にある塩田跡の池で、牡蠣と車海老の養殖をしているのがファームスズキだ。そして、ひがた美人との出会いを求めて大分県中津市も訪れた。大分県漁業協同組合中津支店が日本初の干潟養殖牡蠣として手掛けているブランド牡蠣が「ひがた美人」である。