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ル・コマンダン・シャルコーで行く北極点
2023.01.26
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ル・コマンダン・シャルコーで行く北極点

WRITTEN BY Ryo Ijichi

22年、北極圏スヴァールバルを巡る航路に乗船したル コマンダン シャルコー。
この船で行く北極点を目指す航路の乗船記を、ポナン社の日本人エクスペディションリーダー、伊知地亮氏より頂きました。
今回のJournalは、北極点到達を目指すロマン溢れる特別寄稿を紹介します。

船乗りが1988年に創業したポナンに2015年に入社して以来、その冒険心溢れる事業展開には何度も驚かされ、また大きな期待と夢を膨らませる事が多々あった。しかしその中でも突出しているのは、やはり世界初のラグジュアリー砕氷客船「ル コマンダン シャルコー」の建造計画だろう。構想着手から6年、建造費は3億ドルを超えるこの船の建造の計画が始まり、実際に造船所が着工したときには、「本当にできるのか」と一抹の不安を感じつつも、出来上がった姿を想像するだけで心が浮立った。そして、いつかル コマンダン シャルコーにエクスペディションリーダーとして乗船するという大きな夢が作り上げられた。
船がいよいよ建造の最終段階に入った頃、世界は奇しくもコロナの時代に突入した。ル コマンダン シャルコーは若干の遅れが生じたものの21年夏にはシートライアルを無事に終え、造船所から引き渡された。その翌年のシーズンとなった22年の7月、ついに初めて乗船する事となった。今回は、その時の体験をマゼランリゾーツのお客様にお伝え出来たらと思います。

227月。2年ぶりの海外となる旅が北極点への航海となるとは、だれが想像出来ただろう。羽田からチューリッヒ経由でパリへ。パリに宿泊した後、早朝のチャーターフライトで北極点への玄関口となるノルウェー領・スバールバル諸島のロングイェールビエンへと旅立った。
ポナンの僻地を巡るエクスペディションの多くは、最寄りのゲートウェイシティからチャーター機を利用する形でお客様をお迎えしている。そのため、北極の場合は定期便でパリまで来ていただけたら、乗船地まではクルーズのゲストだけのチャーターフライトで安心して極地にある港まで辿り着く事ができる。

出発地となるロングイェールビエンは人類が定住する最北の都市であり、世界最北の空港が位置する街だ。
フライトが到着すると、港へはバスでの移動となる。しかし、ル コマンダン シャルコーが港に着岸していない事を乗客は不思議に思うかもしれない。それには理由があって、ル コマンダン シャルコーはロングイェールビエン港には着岸が「出来ない」のだ。
総トン数3万トンのル コマンダン シャルコーは、客船としては決して大きな船ではない。しかし、砕氷船であることから水面下の胴体部分、いわゆる喫水が10メートルもあるのだ。
これは現在世界最大の客船である、総トン数23万トンを超えるワンダーオブザシーズの9.3メートルを超える深さである。故に、ル コマンダン シャルコーは沖に停泊してテンダーボートで乗客をお迎えしているというわけだ。

ル コマンダン シャルコーはこれまでのポナンの船の3倍の大きさとなる。
乗船してみると、定員はほぼ同数程度の240名に対して全長はそこまで長く感じないが、全幅がほぼ倍あること、またデッキ数が多いことから、とても解放感に溢れている。
特にレセプション周辺の4フロア吹き抜けのアトリウムは、これまでのポナンの船にない広さを感じた。
ゲストの乗船が完了したら、夕方に避難訓練を行った後、ついに船は北極点に向けて出航する。スバールバル諸島最大の島であるスピッツベルゲン島を出航し、島の西海岸までフィヨルドを抜けると、沿岸の北上を開始する。ここから15泊のクルーズがスタートするのだ。

これまでの経験で、順調に進めば出航から7泊で北極点に到達し、また南下では5泊でスバルバード諸島に戻ってくる形が理想とされてきている。
氷の状況に応じてより多くの日数がかかることも鑑み、北極点クルーズは合計15泊以上の泊数で運航しているが、理想的な日数としては12泊程度でスヴァルバード諸島から北極点に行って戻ってきて、残りの泊数はスヴァルバード諸島を巡る中で北極の世界をお楽しみ頂くという形が理想として定着しだしている。
シーズンを通して成功した営業運行(22年全ての北極点クルーズで北極点に到達)から得られた経験により、理想形が定着してきていることがお分かり頂けるかと思うが、我々自身にもまだ計り知れない能力を持つル コマンダン シャルコーと、これまで未知の世界であった北極点航路に、我々もまだまだ研究と改善を図っている最中なのだ。

ロングイェールビエンを出航した翌々日の早朝、ル コマンダン シャルコーはいよいよアイスエッジに到達する。アイスエッジとは、凍った海とオープンウォーターの境目を差す場所で、砕氷船でしか航行できない海のことを指す。
アイスエッジの先の氷海は入口近辺まではなんとか耐氷船でも入れるが、氷海の密度が高まってくると氷を砕きながらでないと進むことができないからだ。
出航してから3日目以降、北極点にたどり着き再度南下して氷海を抜けるまでは、周辺にだれもいない完全に孤立した海をル コマンダン シャルコーは進んでいくのだ。

さっそく、アイスエッジで旅の最初のハイライトが訪れた。
実はこのアイスエッジは多くのアザラシが休憩の場所として利用している。アザラシが休憩しているということはつまり、それらを主食とするシロクマも出没するエリアなのである。
今回もアイスエッジに入った途端に1頭のシロクマ、更にその後も母クマが子クマを連れた親子に2回も巡り合うことが出来た。
野生のシロクマに出会う事、これは間違いなく北極クルーズでの一つのハイライトである。
ありのままの姿で極北に暮らすシロクマは神々しく、愛くるしく、本当に感動的な光景なのだ。生涯忘れる事のできない風景であるにちがいない。

シロクマの見学を満喫すると、ル コマンダン シャルコーは更に北上を進め、いよいよ砕氷船としての本領を発揮し始める。それまではスバルバード諸島の島々や、時折他の船を見かけたりしたが、ここからは一面の凍った海の中をただひたすら北上していくことになる。
多くの日数ではこの極北の地域は曇っていて、霧が生じて視界が悪化することもしばしばである。
しかし運が良ければ、晴れた日に氷海を航海している日に巡り合うかもしれない。そんな時は、水平線まで白く凍った海とその先に青空が広がる光景に出会えるだろう。通常の青々とした海とは違い、このあたりの海は白く凍っているので、水平線の空と海の境界線がはっきりと見える。その水平線が僅かながら丸く湾曲している姿が、船の周辺360°で確認できる。
地球が丸いことを自らの目で確認できるこの光景は、北極点に向かう船旅でしか見る事が出来ない稀有なものなのだ。今回も、幸運にもわずかながら垣間見ることが出来た。

船が出航して7日目、いよいよ北緯は89°の後半に入ってくる。
船長が到達予想時間を船内放送で発表し始めると、船内は若干慌ただしくなってくる。そんな中、今回は89°50分を超えたところでシロクマが出現した。89°後半になると海が一面凍っており、シロクマが出現することはなかったのだが、氷が溶けているが故に起きた現象に肌寒さを感じた。
89°59分を超えるとブリッジの興奮はいよいよ最高潮に達し、ブリッジオフィサーのカウントダウンが始まる。
そして、いよいよ89°5955秒、56秒、57秒、58秒、59北緯90度という高らかな声によるカウントダウンと共に、ル コマンダン シャルコーの汽笛が大きく鳴る。地球の北の頂点に到達した瞬間だ。ブリッジ、前方甲板にいる乗員乗客から大きな歓声が上がる。

ヘリデッキが開き、前方甲板には即席のヴーヴクリュコのシャンパンバーが開設される。乗客同士で乾杯したり集合写真を撮ったり、思い思いに過ごした。
今回、北緯90度に達した時の海氷はあまり安定していなかったので、少し移動して安定した大きな氷に突っ込んだ所で、北緯90度に到達した日は終了した。翌日も午後までこの海氷に留まり、地球最北の地の海氷を散策したり、記念撮影したりしてこのクルーズ最大のハイライトを過ごした。その後、夕方には船はついに南下を再開する。ここから再びアイスエッジまで砕氷しながらの5泊の南下が始まる。

終日航海の日には、船内では様々な講座が開かれ、より極地の学びを深めることが出来る。それだけではなく、クルーズを満喫するためにクルーズディレクターがエンターテインメント溢れる企画を用意したり、夜にはダンスショーが催されることもある。
また、有料にはなるがバーチームがウィスキーのテイスティングを行ったり、ソムリエがプレミアムワインをペアリングしたディナーを催す事も。クルーズ中には、一度はパタネグラやキャビアを堪能するプリディナーイベントもある。
つまり、終日航海の日も船内ではゲストを喜ばせようと船員たちが様々な催しを用意しているのだ。
もちろん、何もしないというのもクルーズの醍醐味だ。船内のインドアプールの横にはデッキチェアが並び、その椅子に寝そべりながら大型の窓の外に流れる、船が氷を割りながら進む光景を眺めるのはこの船ならではの体験だ。同じく大型の窓が設置されたサウナも非常におすすめだ。

クルーズが出航して何泊目だかそろそろ分からなくなる12泊が過ぎたあたりでようやく、再びアイスエッジから抜け出してオープンウォーターの海に戻ってくる。そして久々に陸地が見えてくると、スバールバル諸島に戻ってきた証。ここからはクルーズの長さに応じて、2泊から4泊程、スヴァルバード諸島の域内で北の大自然を楽しむことになる。
終日の航海とはうって変わって、午前と午後に島々への上陸やゾディアックでの遊覧が入るので、突然非常にアクティブなエクスペディションの様相となる。今回のクルーズでもスバルバードの定番とも言える6万羽を超えるハシブトウミガラスが営巣するアルケフィエレットでのゾディアック遊覧、諸島のツンドラ地帯へ上陸してからのトレッキングなどを楽しむことが出来た。

北極点への旅というと、とにかく地球最北の地点を目指す事が目的の旅の様に感じるかもしないが、北極点を目指すことはもちろん、類まれなシロクマに最も多く出会えるチャンスがあり、自然溢れるスバルバード諸島を巡るという3つのハイライトが含まれている。最も贅沢な北極クルーズを、唯一無二の砕氷船で行うことが出来る船旅、それがル コマンダン シャルコーの旅なのだ。

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それが世界最高の砕氷能力を持つル・コマンダン・シャルコーであれば、極地における活動の範囲がどの船よりも広く奥深いものとなる。
大型船では近づく事ができない海岸線でのアクティビティや、上陸する際にはソディアックと呼ばれる小型船に乗り換えが必要で、エクスペディションクルーズの醍醐味である。

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